カーボンニュートラルを考える
~カーボンニュートラルと持続可能な成長~

私たちプロジェクトデザインのカードゲーム「2050カーボンニュートラル」では、カーボンニュートラルの実現という【理想】に向き合う機会を提供しています。

カードゲーム「2050カーボンニュートラル」を体験することで、誰もがカーボンニュートラルの実現に向けて「自分にもできることがあるのだ」とエンパワーメントされます。

その一方で、私たちは【現実】にも向き合う必要があります。それはカーボンニュートラルに関する事実を知るということであり、私たちは専門家に依頼して、ブログという形で情報をご提供しています。

参考:カードゲーム「2050カーボンニュートラル」ブログ一覧 

本稿では「エネルギートランジション」をテーマに、全6回に渡り、エネルギーの供給側と消費側のカーボンニュートラルの取り組みをご紹介します。

これまで掲載した記事はこちら。

第4回は「カーボンニュートラルを考える ~カーボンニュートラルと持続可能な成長 ~」と題し、経済成長と環境への影響について解説していきます。

それではどうぞ。

執筆者

有井 哲夫

(一財)JCCP国際石油・ガス・持続可能エネルギー協力機関 上級フェロー
事業構想研究所 客員教授  福井大学客員教授

カーボンニュートラルと持続可能な成長

1. はじめに

 
本シリーズでは、エネルギー供給のサプライチェーンの観点からカーボンニュートラルに関して、第1回で産油国および日本政府ならびに第2回で日本のエネルギー企業の取り組みについて紹介を行った。そして第3回は、二酸化炭素の排出削減施策として、カーボンリサイクル、特に合成燃料と化学製品のリサイクルおよび地中貯留についての取り組みを紹介した。

今回は、経済の持続可能性に焦点をあて、カーボンニュートラル推進にあたっては、気候変動と生物多様性の両方の側面を考慮することの重要性について下記の論点から紹介を行う。

  • 経済成長と環境の関係
  • 持続可能な発展とは
  • 経済成長とエコロジカルフットプリント
  • 気候変動と生物多様性の関係

2. 経済成長と環境

(1)市場と環境

経済学では、市場は取引を通じて価値を創出する手段であり、競争原理に基づいて自発的に財やサービスを交換する場と理解されている。市場において、買手と売手の双方が利益を得て価値を生み出す。市場が生まれるのは、人々が希少資源を取引して価値を生み出すインセンティブがあるからであり、市場価格は何をどれだけ取引するかの指標となる。その結果、市場価格は希少性に関するシグナルとなって、個人や組織における分散型意思決定を促すことになる。結果的には、市場において社会的に富や資源の再配分が行われている。

それでは、気候変動に代表される環境の質が悪化してしまうのは、市場メカニズムにどのような課題があるのだろうか? この「市場の失敗」の原因として下記項目が挙げられる。

  • 外部性
    市場において、価格や費用に環境や社会への影響が含まれていない。
  • 公共財
    非排除性(誰も財の便益を享受することを妨げられない)。
    ⾮競合性 (ある⼈の消費によって、他の⼈の財の利⽤可能性が減少しない)。
  • 財産権
    環境に関して適切な財産権が定義されていない。
  • 非対称情報
    モラルハザード(環境対策投資の便益を一部しか得られない場合に費用を回避)。
    逆選択(エコプロダクツ製品の購入回避)。

(2)経済成長と環境のデカップリング

一般には、経済成長とともに二酸化炭素排出量が増加すると認識されている。しかし、先進国の一部においては、経済成長とともに二酸化炭素排出量が減少するいわゆるデカップリングが報告されている。例えば、堀井亮(2023)は、1990年以降、イギリス、米国、フランス、ドイツにおいては、一人当たりのGDP増加とともに一人当たりの二酸化炭素排出量が減少しているのに対し、日本は一人当たりのGDPおよび二酸化炭素排出量とも停滞していることを報告している。他方、中国とインドはこの期間、一人当たりのGDPおよび二酸化炭素排出量の両方とも増加している。

GDPは国内の生産物の価値を測定しており、経済成長の指標として幅広く利用されている。しかし、GDPは毎年のフローを測定しており、経済が環境に及ぼす影響やストックである天然資源の量が反映されていない。また、環境の質や人材の質等の非市場価値も反映されていない。この観点から、持続可能性を議論するためにはGDPは十分ではないとの認識が深まりつつあり、持続可能性のための指標整備が、研究者や国連、世界銀行等の公的機関で進められている。

(3)環境クズネッツ曲線

上記の経済と環境のデカップリングは、図1に示す環境クズネッツ曲線の一人当たりの所得と環境劣化指数に関する逆U字型の仮説に符号している。

図1. 環境クズネッツ曲線

出典:環境省(1999) 平成11年版 環境白書

従来、環境クズネッツ曲線は二酸化硫黄や浮遊状粒子物質などの大気汚染物質排出に関しては成り立つが、エネルギー起源の二酸化炭素排出については必ずしも成立しないとされてきた。小川芳樹(2022)は、1971年から2019年の約50年間のデータを調査し、二酸化炭素排出に関しても、環境クズネッツ曲線の仮説が成立し得るとの結果を報告している。

まず、環境クズネッツ曲線の上昇局面において、経済成長とともに環境が悪化するのはなぜだろうか? 環境悪化の要因として、資源・エネルギーの利用量増加と産業構造の工業化が大きいと一般には考えられている。逆に環境クズネッツ曲線の下降局面に関しては、所得の増加に伴い国民の環境配慮意識の向上(所得効果)、技術進歩による環境の改善、産業構造の変化(サービス産業化)等の原因が考えられる。

しかし、こうした変化要素と一人当たりの環境の質の具体的な関係に関しては必ずしも十分に検証されていない。政策立案にあたっては、こうした構造変化について十分配慮して経済成長と二酸化炭素排出削減を両立させていくことが重要である。例えば、日本政府のグリーン成長戦略は、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、14の成長産業を提示し、経済と環境の両立を新しい産業創出により実現することを目標としている(図2)。

図2. 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略

出典:経済産業省(2021) 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略

3. 持続可能な発展(Sustainable Development)

(1)持続可能な発展の定義

持続可能な発展とは、経済成長と環境保全を両立させることを意図した概念である。1987年に国連「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」の最終報告書で「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」と提唱した。この定義の前半は①世代間衡平性と資源配分、後半が②世代内の衡平性を追求するものと解釈できる。しかし、衡平性については価値判断から自由ではなく、多様な解釈が可能である。

持続可能性に関しては、フローとストック(資本)に分けて考えると、ストック(資本)が通時的に減耗しないこととする理解が一般的になっている。Pearce et al(1993)は人工資本と自然資本の代替可能性に焦点をあてて、持続可能性の概念を「弱い持続可能性」と「強い持続可能性」に分類した。弱い持続可能性とは、自然資本の減少を人工資本の増加で代替できるとする定義であり、強い持続可能性はその代替可能性に一定の限界があり、最低限の自然資本の維持が必要とする定義である。

特に、石油や天然ガスのような地下資源がある場合、Hartwick(1977)は非再生可能資源から得られるすべての超過利潤(価格と限界費用の差)を生産資源に再投資するという原則に従うことで長期間一定の消費水準を維持できることを示した。このハートウィックルールは人工資本(生産資源)と自然資本(非再生可能資源)の代替性を仮定しており、弱い持続可能性の概念に近い。

Rockstorm et al(2009)は重要な生態系プロセスを維持するため、CO2濃度等の重要な制御変数については一定の境界の水準以内にとどめておかなければならないと考え、プラネタリーバウンダリーの概念を提唱した。この概念は、強い持続可能性に近い考え方である。プラネタリーバウンダリーの具体的内容として、種の絶滅の速度、窒素・リンの循環、気候変動、土地利用変化、新規化学物質が不確実性の領域を超えて高リスクの領域となっている。特に地球における窒素の循環が最もリスクが高いと警鐘を鳴らしている(図3)。

今後、カーボンニュートラル施策を検討する上で、窒素循環のように、より高いリスクの課題について配慮することが一層重要となってきている。特に窒素に関しては、肥料としての利用が増加しているだけでなく、今後、燃料としての利用も計画されており、環境側面への配慮が重要である。

図3. プラネタリーバウンダリー

出典:令和5年版環境・循環型社会・生物多様性白書

なお、田崎智宏他(2023)は、プラネタリーバウンダリーのように強い持続可能性の概念が一般に浸透してきていることから、持続可能性についての「強い、弱い持続可能性」の二元論に分けて考察することの意義がなくなってきているとしている。人工資本による自然資本の代替については、各リスク項目ごとに特性が異なることから、各項目ごとに代替可能性を評価していくことが重要である。エネルギー分野における再生可能エネルギーの導入についても用途ごとに代替可能性についての吟味が重要である。

(2)持続可能性の指標

GDP(Gross Domestic Production)は一定期間に生産された財とサービスの付加価値を示すフローの指標であり、経済活動の規模とその変化を知るために有用である。しかし、前述のとおり、GDPには環境や人的資本、地下資源等のストックが含まれていないため、持続可能性の測定には不十分との認識が深まっている。特に、持続可能性の議論では、当該期間における消費と、将来世代のための投資の配分、すなわち世代間衡平性が重要な論点となっていることから、こうした論点に資する指標の整備が求められている。

世代間衡平性を確保するためには、各資本ストックに着目し、将来世代のために資本を維持していくことが必要であり、総資本をその構成要素である、生産資本・人的資本・社会資本・自然資本に分類し、各資本の変化を下記のように具体的に計測することにより分析が可能となる(山口臨太郎他(2016))。

  • 生産資本:消費財やサービスの生産に供される、機械・道路・通信・移動体等
  • 人的資本:人が有する技能・経験・知識の経済的価値
  • 社会資本:制度の質・共有された規範・信頼・社会的ネットワーク
  • 自然資本:エネルギー・資源・環境・生態系・生物多様性等

上記の資本の定義を用いれば、弱い持続可能性とは総資本が減少しないようにすることであり、強い持続可能性は自然資本が一定の値を下回らないことと解釈可能となる。

Pearce et al(1993)はこの弱い持続可能性を測定する手法として、ジェニュインセイビング(Genuine Savings)、または包括的富(Inclusive Wealth)の概念を提示した。この指標は一定期間の人工資本・人的資本・自然資本の増減を足し合わせたもので、総資本の変化を測定することが可能であり、持続可能性を表す指標として測定の精緻化の努力が続けられている(図4)。

図4. 人的資本、人工資本、自然資本の関係

出典:ダスグプタ(2021), 生物多様性の経済学, ダスグプタレビュー要約版(WWFジャパン)

この包括的富(Inclusive Wealth)の概念における人的資本・人工資本・自然資本の各資本は図5に示すようにSDGsの各目標の指標とも符合している。 SDGsの推進にあたっては、目標の具体化・行動計画・進捗管理等のため、統合的なマクロ的な指標の整備が重要であり、Inclusive Wealthはこうした政策立案のベースとしての貢献が期待される。また、将来はESG等の企業の非財務情報開示との関係性が構造化されることも期待される。

図5. 人的資本、人工資本、自然資本とSDGs

出典:UNEP (2023), INCLUSIVE WEALTH REPORT 2023

Managi & Kumar(2018)は、1992年以降の世界の各資本の変化を集計し、図6に示すように、総資本は増加傾向にあるが、内訳は人工資本、人的資本は増加しているが、自然資本が大きく減少していることを示した。

図6. 人的資本、人工資本、自然資本の経時変化

出典:ダスグプタ(2021), 生物多様性の経済学, ダスグプタレビュー要約版(WWFジャパン)

特に、石油・ガス等の資源国では地下資源(自然資本)を産出・輸出して歳入を得ているが、人工資本や人的資本に十分に投資しているかが持続可能な発展にとって重要となる。

こうした観点から、今後、資源を有効利用しているかを示す資源効率性の指標整備が鍵となる。また、資源効率性指標は、資源循環社会の推進にとっても肝となる。

先進国と新興国を加えたG20の集計値では、1991年から2014年にかけて、自然資本が大きく減少しており、また、二酸化炭素排出に伴う損失は増加している(図7)。このことは、二酸化炭素排出を減少させ、自然資本を維持するインセンティブや施策が十分でないことを示唆している。

図7. G20における自然資本の減少とCO2による損失

出典:UNEP(2023), INCLUSIVE WEALTH REPORT 2023

自然資本の経済的評価は、森林・エネルギー・鉱物資源・温室効果ガス・土地利用の定量化は進められているが、生態系等環境資本については精緻化の途上である。また、二酸化炭素の価値等、各自然資本の経済的な評価が大きく影響する。Eoin McLaughlin et al(2023)は、二酸化炭素の価格評価を変化させてシミュレーションを実施した。その結果は図8に示すように、二酸化炭素の価格評価により、一人当たりのGenuine Savingsが大きく変化する。二酸化炭素の温暖化影響の経済的評価が小さい場合、Genuine Savingsは上昇傾向を示すが、評価が大きい場合は、世界のGenuine Savingsは低下傾向となっている。

図8. 世界のGenuine Saving とCO2コスト

出典:Eoin McLaughlin et al (2023)

4. 経済成長とエコロジカルフットプリント

(1)エコロジカルフットプリント

経済活動と自然資本の関係を整理すると、以下のようにソースとシンクに分類できる。

  • ソース:化石燃料・森林資源・水資源・食料資源・原材料・水力・風力・太陽光
  • シンク:廃棄物・排水・二酸化炭素・熱

ソースは環境から人間社会が獲得している財やサービスであり、シンクは人間社会から環境に排出している事項である。人間の生活を支えているこのような自然資本への影響を、地球上の面積で表す方法がエコロジカルフットプリントで、以下の6つの領域の必要面積で定義される。

牧草地、森林地、生産能力阻害地、耕作地、漁場、二酸化炭素吸収地

図9に示すように世界のエコロジカルフットプリントは1960年代以降増加しており、特に二酸化炭素の吸収に必要なフットプリントが増加している。これは人口の増加と生活水準の向上によると考えられ、自然の再生能力であるバイオキャパシティを超えているとされ、持続可能な発展のために対策が必要となってきている。

図9. エコロジカルフットプリントの推移

出典:環境省(2018) 環境・循環型社会・生物多様性白書

(2)生物多様性とエコロジカルフットプリント

ダスグプタ(2021)は生物多様性に関する経済学的な理解を整理して、図10に示す「インパクト不均等」の概念を提示した。

図10は人間の生態系への需要が生態系の再生能力を超えてしまうと、持続可能性が維持できないことを示している。ここで、人口Nと一人当たりの活動量Yを掛け合わせたものが、一人当たりのGDPに相当し、生態系サービスがGDPに変換される効率をαと定義している。また自然の再生能力は現在の自然ストックSに関する関数G(S)で表されている。

図10. インパクト不均等

出典:ダスグプタ(2021), 生物多様性の経済学, 要約版(WWFジャパン)

また、同報告書では、一人当たりのエコロジカルフットプリントと一人当たりのGDPの関係を産出し、図11に示す通り、一人当たりのGDPが高いほど、エコロジカルフットプリントが高い関係であることを示した。これは、一人当たりGDPが高い国ほど、環境への負荷が高いことを示している。つまり、一人当たりの所得の増加により、一人当たりの環境負荷は上昇している。

図11. エコロジカルフットプリントと所得

出典:ダスグプタ(2021), 生物多様性の経済学, 要約版(WWFジャパン)

図12に示すように、世界の人口および一人当たりGDPは1900年以降急激に上昇しており、世界の環境への需要およびエコロジカルフットプリントは急激に増加している。したがって、このままでは近い将来、自然の再生能力を超えることは容易に予想される。ダスグプタ(2021)はそのための対策として、以下の項目を提示している。

①生態系の保全と回復
②持続可能なエコロジカルフットプリント
-消費と生産のパターンの変革:技術開発や食料パターンの変更
-サプライチェーンと貿易全体での環境配慮
-環境影響への課税
-人口増加対策

図12. 世界の人口と一人当たりGDPの歴史的変化

出典:ダスグプタ(2021), 生物多様性の経済学, 要約版(WWFジャパン)

5. カーボンニュートラル推進と生物多様性

(1)気候変動対策と生物多様性

気候変動対策は緩和と適応に分類されるが、図13に示す通り、緩和対策も適応対策も自然環境や生物多様性に大きく依存しており、両側面を考慮した施策が必要である。

図13. 気候変動の緩和対策と生物多様性

出典:環境省(2016), 生物多様性分野における気候変動への適応

気候変動は、陸域・淡水域・海洋において影響を与え、生物多様性の劣化をもたらす主要な要因である。生態系の保護、持続可能な管理と再生のための対策が、気候変動の緩和・気候変動への適応に相乗効果をもたらすことから、気候・生物多様性・人間社会を一体的なシステムとして扱うことが効果的である(生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書(IPBES(2021))。

同報告書では、例えば、森林による炭素吸収の他、藻場、干潟等の炭素を固定する機能がブルーカーボン生態系として注目され、また、湿地による洪水緩和や、緑地による雨水浸透などの機能は気候変動への適応において重要な役割を果たす。一方では、再生可能エネルギー発電設備導入による森林伐採など周辺の自然環境の改変や、バードストライク(鳥類が人工構造物に衝突する事故)等により生物多様性に悪影響が生じるなど、気候変動対策と生物多様性保全の間にトレードオフが生じる可能性があることを例示している(環境省(2023), 令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書)。

(2)コベネフィットと相互影響の論点

IPBES& IPCC(2021) Biodiversity and Climate Change Workshop Reportでは、A.自然ベースの気候変動対策による生物多様性とのコベネフィット(共通便益)や、B.気候変動緩和のために実施される施策の生物多様性への影響を指摘しており、主要論点を以下に紹介する。

A.自然ベースの気候変動対策によるコベネフィット

①生態系の保護、持続可能な管理
森林生態系・湿地帯・泥炭地・草原・サバンナなどの非森林陸上生態系、マングローブ林・塩性湿地・コンブ林・海草藻場などの沿岸生態系は温室効果ガスを削減することが可能である。

②生物種が豊富な生態系の復元
陸上と海洋における多様性の豊富な生態系の回復もまた、気候変動の緩和と生物多様性の両方に非常に効果的であり、コベネフィットをもたらす。例えば、洪水調節・水質向上・土壌侵食の削減・受粉の確保など、自然が人間にもたらすさまざまな貢献がある。

③ 持続可能な農業と林業
農地・森林の土壌や植生に炭素を蓄積し、温室効果ガスを削減することができる。世界的に見ると、食糧システムは人類が排出する温室効果ガスの21~37%を担っていると推定されている。作物や森林の多様化、アグロフォレストリーやアグロエコロジーなどの対策は、生物多様性を強化する。

また、これらの対策は、適応能力を高めることで、気候変動による食糧や木材生産の損失を軽減することができる。この適応能力の向上は、熱波・干ばつ・火災・昆虫・病害虫の大発生などの極端な事象を考慮する際に特に重要である。また、経済的に豊かな国々では、廃棄物の削減・食生活のシフトといった需要サイドの対策によって、気候変動と生物多様性のコベネフィットを大幅に高めることができる。

④都市における緑のインフラの構築
都市における緑のインフラの構築は生物多様性の回復に利用されるようになってきており、コベネフィットをもたらす。都市公園・屋上緑化・都市庭園などの都市緑化は都市のヒートアイランド現象を緩和し、都市の生物多様性を向上させる。

⑤自然ベースと技術ベースの気候変動対策
陸と海における気候変動対策は、まだ発展途上にあるが、気候緩和・適応、そして生物多様性にコベネフィットをもたらす。例えば、ソーラーパネルの下での放牧は、土壌の炭素蓄積を高めることができる。また、放牧だけでなく、ソーラー・ファームに関連した作物を栽培することで食材を提供することができる。また、太陽電池パネルの下の植生が花粉媒介者の生息地となり近隣の農地に利益をもたらすという研究結果もある。水域の表面に設置された太陽電池は水域からの蒸発を抑えることができ、乾燥地域の水力発電貯水池にとって有益である。しかし、浮体式太陽電池は、水域の物理的・化学的・生物学的特性にも影響を与える。洋上風力発電を水素生成と組み合わせることで、鳥類への悪影響を最小限に抑えることができれば緩和策として威力を発揮する。洋上タービンはまた人工岩礁を形成し、海洋生物多様性に有益な影響を与える可能性がある。

B.気候変動緩和のために実施される施策の生物多様性への影響

①バイオマスによる生態系炭素吸収源の強化
バイオマスによる生態系炭素吸収源の強化、バイオマスエネルギー用の作物や森林を大規模に植林することは、生態系や気候システムに他の重要な影響を及ぼす可能性がある。これには大規模な森林面積やバイオエネルギー農地の拡大から生じる間接的な土地利用の変化も含まれる。

②バイオエネルギー作物(樹木・多年生草本・一年生作物を含む)の単収穫
バイオエネルギー専用作物の導入は、発電や燃料用として化石燃料の利用削減に寄与するが、単収穫で植えることは生態系に有害である。バイオエネルギー作物の集約的生産は、隣接する土地、淡水・海洋の生態系を含む生物多様性と生態系サービスに悪影響を与える可能性がある。肥料や農薬の使用、あるいは農業用水の取水量の増加によって、気候変動への適応能力にも影響を与える。持続可能性の基準として、バイオエネルギー作物を限定的な土地に制限することや、現在保護されている地域への拡大を除外することが重要となる。

③植林
歴史的に森林でなかった生態系に植林することや、外来樹種を用いた単収穫による再植林は、生物多様性の保全に影響する可能性がある。特に外来樹種を用いた単収植林は、気候変動の緩和には貢献するが、生物多様性には有害であることが多い。とりわけ、北方や温帯地域では、植栽が代替すると、水とエネルギーの交換が変化するためである。

④気候変動の緩和に有効な技術に基づく対策
気候変動の緩和に有効な技術に基づく対策は、生物多様性への深刻な脅威となり得る。したがって、総合的な利益とリスクの観点から評価されるべきである。

a.運輸・エネルギー分野における再生可能エネルギーは、気候変動緩和のための重要な選択肢であるが、他方、陸上や海洋での鉱物の採掘、特に風力タービンや電気自動車のモーターに使用されるレアアース(希土類)金属の採掘に依存する。したがって、これら鉱物の廃棄や再利用のためのクリーンで効率的な循環の仕組みが必要である。

b.再生可能エネルギーインフラ(陸上ウィンドファーム・洋上ウィンドファーム・ダムなど)は生物多様性にとって有害であることが多い。広大な土地を必要とする太陽光発電所は、管理されていない土地の伐採や転用につながる可能性があり、自然の生息地を直接破壊したり、間接的に農業強化の圧力を高めたりする可能性がある。再生可能エネルギー開発では、特に循環型経済・生物多様性を配慮することが重要である。

⑤ 気候適応に焦点を絞った技術的対策
気候への適応に焦点を絞った技術的対策は、自然ベースの解決策を補完することもできるが、生物多様性に大きな影響を与えることも多い。ダムの建設など洪水や干ばつを管理するための技術的対策や、防潮堤の建設など海岸を海面上昇から守るための技術的対策は生物多様性に大きな影響を与える。灌漑の拡大は、しばしば、塩類化による土壌の長期的劣化につながる。

⑥自然に基づく解決策のカーボン・オフセットとしての利用
カーボン・オフセットとして自然ベースの解決策を利用する場合、最も効果的なのは、厳格な条件と除外の下で適用される場合である。他のセクターの緩和行動を遅らせることなく、早期の排出削減を低コストで達成することが重要である。そのためには、気候変動緩和目標だけでなく、生物多様性要件やセーフガードを基準に含めることが重要となる。

以上のように気候変動対策は、生物多様性に対する影響が大きく、相互で配慮が必要であると同時にコベネフィットがある施策もある。以上の論点を踏まえて、日本におけるネイチャーポジティブ経済移行戦略は、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを総合的に推進する政策となっている(図14)。

図14. カーボンニュートラルとネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミー

出典:環境省(2023), ネイチャーポジティブ経済移行戦略(仮称)の策定に向けて

参考文献

小川芳樹 (2023), エネルギー起源の二酸化炭素排出に関する環境クズネッツ曲線の分析と検証,『現代社会研究』20号

環境省(1999), 平成11年版環境白書

環境省(2016), 生物多様性分野における気候変動への適応

環境省(2018), 令和元年版 環境・循環型社会・生物多様性白書

環境省(2023), 令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書

環境省(2023), ネイチャーポジティブ経済移行戦略(仮称)の策定に向けて

経済産業省(2020), 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略

田崎智宏他(2023), サステイナビリティ・サイエンスの展開-人新世の時代を見据えて-, 環境科学学会誌, 36(2), 53-82.

ダスグプタ(2021), 生物多様性の経済学, ダスグプタレビュー要約版, WWFジャパン.
(Dasgupta, P. (2021), “The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review, Abridged Version”)

堀井亮(2023)『長期経済成長は CO2 排出を増加させるか?』環境省資料

ニック・ハンレー他(2021), 『環境経済学入門』田中勝也編訳、昭和堂
(Nick Hanley et al (2019) “Environmental Economics, The Third Edition,” Oxford University Press)

山口臨太郎他(2016), 新しい富の指標計測-持続可能性計測研究の過去と未来-, 環境経済・政策研究, 9 (1), 14-27.

Eoin McLaughlin et al (2023), TRACING SUSTAINABILITY IN THE LONG RUN:
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IPBES (2011), 生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書

IPBES &IPCC (2021), Biodiversity and Climate Change Workshop Report

Managi & Kumar (2018), Inclusive Wealth Report 2018 -Measuring Progress Towards Sustainability-, Routledge.

Pearce, D. and Atkinson, G. (1993), Capital Theory and Measurement of Sustainable Development, An Indicator of Weak Sustainability, Ecological Economics, 8 (2), 103-8.

Rockstorm et al (2009), A Safe Operating Space for Humanity, Nature, 461(7263), 472-5.

UNEP (2023), INCLUSIVE WEALTH REPORT 2023

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第4回は経済の持続可能性に焦点をあて、カーボンニュートラル推進にあたっては、気候変動と生物多様性の両方の側面を考慮することの重要性について紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?

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