カーボンニュートラルを考える ~日本のエネルギー供給企業のカーボン戦略 ~

私たちプロジェクトデザインのカードゲーム「2050カーボンニュートラル」では、カーボンニュートラルの実現という【理想】に向き合う機会を提供しています。

カードゲーム「2050カーボンニュートラル」を体験することで、誰もがカーボンニュートラルの実現に向けて「自分にもできることがあるのだ」とエンパワーメントされます。

その一方で、私たちは【現実】にも向き合う必要があります。それはカーボンニュートラルに関する事実を知るということであり、私たちは専門家に依頼して、ブログという形で情報をご提供しています。

参考:カードゲーム「2050カーボンニュートラル」ブログ一覧 

本稿では「エネルギートランジション」をテーマに、全6回に渡り、エネルギーの供給側と消費側のカーボンニュートラルの取り組みをご紹介します。

第1回は「カーボンニュートラルを考える~産油国のカーボンニュートラル政策~」と題し、代表的な産油国であるサウジアラビアのカーボンニュートラルへの取り組みを紹介してまいりました。

・カーボンニュートラルを考える ~産油国のカーボンニュートラル政策~

第2回は「カーボンニュートラルを考える ~日本のエネルギー供給企業のカーボン戦略~」と題し、日本のエネルギートランジションの計画について解説します。

※エネルギートランジションとは、低炭素化・脱炭素化等のためのエネルギーポートフォリオ(エネルギー構成)の移行を意味しています。

それではどうぞ。

執筆者

有井 哲夫

(一財)JCCP国際石油・ガス・持続可能エネルギー協力機関 上級フェロー
事業構想研究所 客員教授  福井大学客員教授

日本のエネルギー供給企業のカーボン戦略

1. はじめに

気候変動政策としてカーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガスの主要発生源である石油・ガスの削減を図ることが重要になる中で、日本は一次エネルギーの 84%を化石燃料に依存している。

カーボンニュートラルを考える ~産油国のカーボンニュートラル政策~」の記事で触れている通り、産油国ではカーボンニュートラル政策により、経済成⾧とのバランスのため、化学産業の育成や、再生可能エネルギーの輸出に向けた準備を開始している。

日本は、エネルギー供給の安定的確保とカーボンニュートラルに向けたエネルギートランジションをどのように進めていけばよいのか。

今回はエネルギートランジションの進め方に関して、日本政府の政策と代表的なエネルギー供給企業の戦略を紹介することにより、この課題について考えていく素材を提供する。

2. 日本政府のカーボンニュートラル政策

日本の二酸化炭素排出構成は2020年時点で民生・産業・運輸等の非電力部門が5.3億トン、電力部門が4.3億トンとなっている。日本政府の基本政策では2050年には電力部門を脱炭素電源へ転換すると同時に、非電力部門の電化を推進することにより、カーボンニュートラルを実現する目標が立てられている(図1参照)。

図1. カーボンニュートラルへの転換

出典:経済産業省(2023), 日本のエネルギー

2030年時点の計画では、日本のエネルギー構成は、図2に示す通り、再生可能エネルギー比率は対一次エネルギー供給比で22-23%、電源構成率で36-38%となっている。したがって、2030年時点でも計画上は石油・天然ガス・石炭の構成比率が高いことを示している。

図2. 2030年時点のエネルギー構成

出典:経済産業省(2023), 日本のエネルギー

このような脱炭素政策を推進する上で、日本政府はグリーン成⾧戦略を策定し、脱炭素政策と経済成⾧の両立を目指している。

具体的には14の産業を成⾧産業に指定してカーボンニュートラル実現のためのドライバーに位置付けている。この中で、エネルギー供給に関しては、①洋上風力・太陽光・地熱産業(次世代再生可能エネルギー)②水素・燃料アンモニア産業、③次世代熱エネルギー産業、④原子力産業を提示している(図3参照)。

図3. グリーン成長戦略における重点分野

出典:経済産業省(2021), グリーン成⾧戦略

例えば、水素・アンモニア産業に関しては、海外の再生可能エネルギーを水素・アンモニアの形で輸入するサプライチェーンの構築を目指している(図4参照)。

図4. 水素・アンモニアのサプライチェーン

出典:経済産業省(2023), 水素政策小委員会 アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会 合同会議 中間整理

3. エネルギー供給企業のカーボンニュートラル戦略

日本政府のカーボンニュートラル政策に対応して、日本の代表的なエネルギー供給企業も各社事業計画を策定している。本稿では、石油上流事業として INPEX、石油下流事業として ENEOS、発電事業として JERA、都市ガス事業として東京ガスを取り上げ、各企業のカーボンニュートラル戦略を紹介する。

(1)INPEX(石油上流企業)のカーボンニュートラル戦略

INPEX は、原油換算で日量70万バーレルを生産する日本を代表する石油上流企業である。UAE・オーストラリア・インドネシア等に石油・ガスの権益を保有し、生産を行っている。したがって、その事業戦略は既存事業と新規エネルギー事業に大別できる。

既存事業(石油・ガスの生産事業)に関しては、2030年までに GHG 原単位の 30%削減を目標にしている。また、新規事業分野では、5事業分野(水素・アンモニア、CCUS、再生エネルギー、メタネーション、森林)で温室効果ガス削減を計画している(図5参照)。 

※GHG 原単位…活動量あたりの Greenhouse Gas(温室効果ガス)排出量
※CCUS…Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage;CO2 の回収・利用・貯留

図5. INPEX のカーボンニュートラル戦略

出典:INPEX (2022), INPEX Vision @ 2022

5事業分野の中でも、水素・アンモニア事業と CCUS 事業が既存事業のインフラを活用した代表的な新規事業と考えられる。

水素・アンモニア事業に関しては、国内の炭化水素資源から、ブルー水素・アンモニアを製造すると同時に、海外から再生可能エネルギーによるグリーン水素・アンモニアの製造を目指しており、最近ではアブダビで ADNOC と協力して事業検討を行っている(図6参照)。

※ADNOC…Abu Dhabi National Oil Company;アブダビ国営石油会社

図6. INPEX 水素・アンモニア事業

出典:INPEX(2022), INPEX Vision @ 2022

CCUS 事業に関しては、海外での石油・ガス事業においてアブダビでの CO2-EOR 事業、およびオーストラリアでの CCS 事業を推進しており、二酸化炭素の地下圧入の分野でリーディング企業を目指している(図7参照)。

※CCS…Carbon dioxide Capture and Storage;二酸化炭素を分離回収し、主として地中等に貯留を行うもの

※CO2-EOR …CO2 Enhanced Oil Recovery;CO2を地中に圧入し、原油等の増産をはかること

図7. INPEX CCUS 事業

出典:INPEX(2022), INPEX Vision @ 2022

(2)ENEOS(石油下流企業)のカーボンニュートラル戦略

ENEOS は日本を代表する石油下流企業で、日本の一次エネルギー供給比率は15%に相当する。さらに Scope1・2・3 を合わせると、温室効果ガスの排出量 12 億トンのうち、2.1億トン相当を占めている(図8参照) 。

図8. ENEOS カーボンニュートラル基本計画

出典:ENEOS(2023), 第3次中期経営計画 カーボンニュートラル基本計画

ENEOS のエネルギー事業に関しては、液体燃料・ガス燃料の供給が中核であり、液体燃料の輸送網を保有している。このことから、カーボンニュートラル戦略の特徴は、エネルギートランジションとサーキュラーエコノミーを両輪としている。特にカーボン・ケミカル・バイオマス・マテリアル等各事業のリサイクルを志向している(図9参照)。

これは、事業基盤が国内の液体燃料の精製・物流を中核としていることによる。こうした既存インフラを活用して、循環型社会の形成を推進しながら、カーボンニュートラルを実現することが ENEOS の⾧期ビジョンである。

図9. ENEOS カーボンニュートラル・循環型社会に向けた取り組み

出典:ENEOS(2023), 第3次中期経営計画 カーボンニュートラル基本計画

特にエネルギートランジションに関しては、エネルギー供給当たりの CO2 排出量である炭素強度(Carbon Intensity)88g-CO2/MJ を、2040年には44g-CO2/MJ まで半滅することを目標としている(図10参照)。

具体的には再生可能電源のメジャープレイヤー、CO2 フリー水素の国内最大供給事業者を目標にしている。本業の液体燃料分野ではカーボンニュートラル燃料(SAF・バイオ燃料・合成燃料等)の増産を計画している(図10・図11参照)。

※SAF…Sustainable Aviation Fuel;持続可能な航空燃料。化石燃料を使わず、植物などのバイオマス由来原料や廃棄物・廃食油を原料とし、二酸化炭素排出量を大幅に削減できる

※合成燃料…e-fuel;二酸化炭素と水素を合成して製造される石油代替燃料

図10. ENEOS エネルギートランジションの推進

出典:ENEOS(2023), 第3次中期経営計画 カーボンニュートラル基本計画

図11. ENEOS 社会の温室効果ガス排出削減ロードマップ

出典:ENEOS(2023), 第3次中期経営計画 カーボンニュートラル基本計画

特に ENEOS は水素事業に注力しており、横浜、川崎地区でのコンビナートへの水素供給、MCH を利用した CO2 フリー水素の輸入、国内配送事業を検討している(図12参照)。

図12. ENEOS 水素サプライチェーン

出典:ENEOS(2023)ENEOS の水素社会実現に向けた取組み~水素産業戦略策定への期待~

(3)電力会社(JERA)のカーボンニュートラル政策

JERA は日本の発電量の約3割を占める最大の発電会社であり、LNG 取り扱い量では世界最大の発電会社である。発電電力量でみると82%が LNG、残りが石炭となっている。

したがって、国内における LNG 発電設備、石炭発電設備が中核の保有資産である。この保有資産を活用しながら、カーボンニュートラルを推進することが JERA の基本的な事業戦略となっている。

※LNG…Liquefied Natural Gas;液化天然ガス。天然ガスを-162℃まで冷却し、液化させたもの

図13. JERA 発電燃料構成

出典:JERA(2022), JERA の脱炭素に向けた取り組みについて

具体的には、既存発電設備において LNG と石炭、それぞれ Dual Fuel によって二酸化炭素排出を削減する計画である。LNG 火力には水素の混焼、石炭火力にはアンモニアの混焼を計画している。しかし、燃料の混焼については実証段階であり、水素・アンモニアの混焼のための技術開発を重工メーカーと協力して実施し、段階的に混焼比率を上げていく計画となっている(図14・図15参照)。

※Dual Fuel… 2 種類の燃料源の混合使用

図14. JERA カーボンニュートラル計画

出典:JERA(2022), 2035年に向けた新たなビジョンと環境目標について

図15. JERA ゼロエミッション 2050

出典:JERA(2022), 2035年に向けた新たなビジョンと環境目標について

JERA は LNG 調達の経験から、アンモニア製造は海外で行い、輸送等の供給についてもサプライチェーンを確立することを計画している(図16参照)。

図16. JERA アンモニアサプライチェーン

出典:JERA(2022), JERA の脱炭素に向けた取り組みについて

(4)都市ガス会社(東京ガス)のカーボンニュートラル戦略

東京ガスは首都圏の都市ガスを中核事業とする都市ガス会社である。LNG の調達・貯蔵・都市ガス導管網を保有している。

LNG は石炭・石油よりも炭素・水素比が低く、移行期においては、石炭・石油の脱炭素化の受け皿となりうる。したがって、東京ガスのカーボンニュートラル戦略は、受け皿としての LNG による低炭素化とガスの脱炭素化の二本立てとなっている(図17参照)。

図17. 東京ガス カーボンニュートラルへの移行ロードマップ

出典:東京ガス(2022), Compass2030

特に、水素と二酸化炭素からメタネーションで製造するカーボンニュートラルメタンの実用化に期待をかけている。これにより、既存の貯蔵・導管設備をそのまま活用することが可能となる。2040 年まで合成メタンの実証化を実施する計画となっている(図18参照)。

図18. 東京ガス ガスの脱炭素化

出典:東京ガス(2022), Compass2030

4. カーボンニュートラルとエネルギートランジション

エネルギートランジションに関して、日本政府の政策と代表的なエネルギー企業の戦略を紹介した。エネルギー政策の基本的な方針は S +3E で示されている(図19参照) 。

図19. 日本のエネルギー政策の基本方針

出典:経済産業省(2023), 日本のエネルギー

エネルギーの安定的供給を確保しながらエネルギートランジションを遂行することが、政府・日本企業に求められている。そのため、政府・各企業の計画においては、下記の視点が重要である。

  1. 国内の再生可能エネルギー事業を推進しながら、不足分は海外で再生可能起源の燃料を調達して輸入する必要がある。
  2. エネルギー輸送の形態(電気・水素・アンモニア等)については、各社の強みである既存供給インフラ(電気・液体燃料・ガス等)を活用しながら、エネルギートランジションを実現する戦略となっている。
  3. 電化を推進しても、一定の熱需要については液体・ガスが必要であり、この部分については、CCUS の活用と、合成燃料の実証化を進めている。

このようにエネルギーの安定供給を維持しながら、トランジションを円滑に進めていくためには、各時点のエネルギーポートフォリオをカーボンニュートラルの視点でモニタリング・管理していくことが重要となる。そのために、カーボンフットプリント(Carbon Foot Print)と炭素強度(Carbon Intensity)を指標とすることが求められる。

カーボンフットプリントは各製品毎に、原料から廃棄までの行程をモノとコトに区分して温室効果ガスの排出量を算出していく。経済産業省ではこのカーボンフットプリントのガイドラインを公開している(図20参照)。

特にエネルギー供給に関しては、各工程における炭素強度の計算が重要である(図21参照) 。

図20. CFP(カーボンフットプリント)の算定方法

出典:経済産業省(2023), カーボンフットプリントガイドライン(別冊)CFP 実践ガイド

図21. JOGMEC 炭素強度算定指針

出典:JOGMEC(2022), LNG・水素・アンモニアの 温室効果ガス排出量 及び Carbon Intensity 算定のための推奨作業指針

5. まとめ

前回報告したように、産油国経済は化石燃料資源の輸出に依存しており、世界的なカーボンニュートラルの潮流は彼らの経済成⾧にとっても大きな課題となっている。その中で、サウジアラビアも再生可能エネルギーの供給・輸出の準備を開始しつつある。

同様に、化石エネルギーに依存している日本も経済成⾧を維持しながらカーボンニュ ートラル政策を実現する必要があり、そのため、日本政府はグリーン成⾧政策を提示している。

経済成⾧の重要な要素が、安価でクリーンなエネルギーの安定的な供給であり、日本のエネルギー供給企業はその責を担っている。そのため、各社は既存インフラを活用しながら、新しいインフラを整備するエネルギートランジションを計画している。同時に、エネルギーの輸入・移送・燃焼等の各プロセスについても低炭素な技術の実証化を推進していく必要がある。

また、各企業がエネルギートランジションの推進を図る上で、⾧期的かつ遷移的な状況においては、エネルギー需給に依存するカーボンプライシング等の価格政策だけでなく、CFP・炭素強度等の科学技術的な指標を考慮することが重要と考えられる。

参考文献

ご案内

「エネルギートランジション」をテーマに、全6回に渡り、エネルギーの供給側と消費側のカーボンニュートラルの取り組みをご紹介する連載企画。

第2回は日本のエネルギートランジションの進め方に関して、日本政府の政策と代表的なエネルギー供給企業の戦略を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?

さて、次回は「日本と海外における二酸化炭素排出削減とカーボンリサイクルに向けての取り組みと課題」についての記事を公開予定ですので、楽しみにお待ちいただければと思います。

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