
【事例】学校連携の壁を乗り越える。エコチル調査と子どもたちをつなぐ架け橋となったカードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」
森林の現状や持続的な活用について楽しく学ぶことができる、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」。山梨日日新聞社と株式会社プロジェクトデザインが共同開発し、2023年3月のリリースから3年弱の2025年12月末には、体験者数が累計1万人を突破しました。
全国の教育現場でも多数導入されている中、現在注目を集めているのが、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」甲信ユニットセンターによる、山梨県内の小学校との連携した取り組みです。
教育現場との連携を模索していた一研究機関が、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」を架け橋として、子どもたちと直接つながる画期的なモデルを構築しています。この活動はエコチル調査を主管している環境省の企画評価委員会からも高く評価され、今後全国のエコチル調査ユニットセンターへの展開も期待されています。
今回は、本取り組みを推進されている、山梨大学大学院総合研究部附属出生コホート研究センター エコチル調査甲信ユニットセンター センター長の小田和(おたわ)様に、導入の背景や学校連携による反響について伺いました。
<お話を伺った方>
山梨大学大学院総合研究部附属 出生コホート研究センター エコチル調査甲信ユニットセンター センター長 小田和 早苗 様

未来の子どもたちのための大規模追跡調査
―まず、「エコチル調査」について教えてください。
小田和様:エコチル調査は、人間が作り出した化学物質など、私たちの身の回りにある環境要因が子どもたちの健康や成長発達にどう影響を及ぼしているかを解明するためにスタートした、環境省発の取り組みです。赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときから大人になるまでの期間、健康状態や成長の様子を定期的に調べている、大規模で長期的な研究です。全国で2011年1月から2014年3月までの4年間に生まれた、約10万人のお子さんを追跡調査しています。
調査開始時、全国に15か所あるエコチル調査のユニットセンターごとに調査対象を集める目標数が掲げられ、山梨大学は信州大学と連携して「甲信ユニットセンター」を組織し、両県の対象地域から7,250人を集めることになりました。
一言に「調査対象を集める」と言っても初めてのことで、調査依頼をするのも手探りでした。まず、山梨県内の出産できる病院とクリニックにスタッフを配置し、更に自治体の母子健康手帳交付窓口にも1人ずつスタッフを常駐させました。そして、妊娠の届け出や妊婦健診に初めて来られるお母さんに漏れなく声をかけさせていただきました。
このような方法で一人ひとりに調査協力を呼びかけた結果、山梨県では調査地域に設定した甲府市・中央市・山梨市・甲州市・富士吉田市に住む計4,632組のご家族に参加いただけることになりました。収集されたデータから「妊娠中の生活習慣が与える赤ちゃんへの影響」などが徐々に解明されてきています。
―調査はどのように行われているのでしょうか。
小田和様:お子さんが小学生の間は、年に2回、紙の質問票を送付し、主に保護者の方に回答をいただいています。中学生以降は、Web上で質問票をやり取りする方法に変わり、スマートフォンに専用のポータルサイトのアプリをダウンロードし、お母さんとお子さんそれぞれに回答していただく形式としています。

小田和様:また、お子さんには対面で行う「学童期検査」にも協力をお願いしています。小学校2年生と6年生の2回、身長・体重・体組成の測定、採血、採尿、パソコンを使った発達検査を行っています。
―長期的な調査ですが、対象のお子さんに会える機会は限られているのですね。
小田和様:そうですね。学童期検査には約半数の子が参加してくれるのですが、残りの半数の子には直接お会いする機会がなかなか得られません。
定期的に開催している参加者向けの家族イベントも、多くの場合は親御さんがご一緒のため、お子さん自身と直接話せる時間はあまりないのが現状です。質問票の回収率は7~8割と、かなり高い水準を維持してはいるものの、中には休眠状態になっている方もいらっしゃいます。
そもそも、この取り組み自体が妊婦だった母親の同意によるもので、子どもたちの意思とは関係なく始まっているため、調査対象のお子さんたちは「エコチル調査ってなんだろう」と漠然とした疑問を抱いている子も多いと思います。
そんな中で、お子さん自身がエコチル調査の意義を理解し、主体的に「社会に役立つ研究ならば、参加し続けよう」と思ってもらうにはどうしたらいいか。さらに、学校の先生や調査に参加していないお友達にも「周りにはこのような社会活動をしてる子がいるんだよ」と知ってもらい、応援してもらえる環境を作りたい。そのようなことを考えた時、「学校との連携」に大きな意味があるのではないか、と感じました。
私たちが学校に出向くことさえできれば、これまで対面で会えなかったお子さんにも、お母さん経由ではなく直接お礼を伝えられ、お子さん自身がエコチル調査の意義を知るきっかけをつくることができます。そして「あなたはとても大切な社会の調査に参加しているんだよ。これからも続けてほしい」と直接伝えることもできます。
しかし、大学機関とは言え、単体の組織が教育現場に新しい取り組みを導入していただくのは、非常にハードルが高いのが現実です。先生方は多忙を極めており、環境省発のプロジェクトではあるものの、エコチル調査を知る先生も決して多くはありません。「学校との連携はどうしたらできるのか」と半ば途方に暮れながら、模索していました。
山梨日日新聞社との連携、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」が突破口に
―「学校連携の壁」を、どのように乗り越えたのでしょうか。
小田和様:大きなきっかけは、山梨日日新聞社の方との対話でした。オリジナルのカードゲームを制作し、地域の学校で導入し始めていることは、新聞記事を通して知っていました。「その枠組みの中に、エコチル調査も加えていただけないか」とご相談したところ、トントン拍子に話が進んでいったのです。
山梨日日新聞社さんと学校とのネットワークがあり、県内の小学校で既にカードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」が導入されている実績があったからこそ実現した、本当にありがたいご縁でした。

―環境問題に関するプログラムが多数ある中で、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」を選んだ決め手を教えてください。
小田和様:決め手になったのは、「子どもたちの生き生きとした表情」と「プログラム自体の面白さ」です。
最初に見学に行った際、ゲームに関して全く予備知識がない中で子どもたちと一緒に説明を聞いたところ、始めは「どういうことだろう」と理解が追いつきませんでした。しかし、ゲームが進むにつれて体感的に慣れていき、生き生きとした表情に変わっていく子どもたちの姿を目の当たりにしました。
このゲームは、計算して答えを出すのではなく、リーダーシップをとったり協力したりと、メンバーの関係性や行動によってゲームの中の街が作られていきます。非常にクオリティが高く、何度でもできる面白いゲームだと実感しました。何より、子どもたちが楽しそうに取り組んでいるので、講義形式よりも楽しい思い出ができると思いました。

小田和様:さらに、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」はSDGsの15番(陸の豊かさも守ろう)に、エコチル調査は3番(すべての人に健康と福祉を)等に関連しています。同じ「SDGsの仲間」として、子どもたちに環境問題へ興味を持ってもらう入り口にもなると感じました。
待っているだけでは届かなかった声と、子どもたちの変化
―実際にどのような形で、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」を実施されたのでしょうか。
小田和様:甲信ユニットセンターがスポンサーとなり、山梨県内の調査対象エリアになっている5つの市の小学校で「体験型学習」として、このゲームを実施しています。
進行役はカードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」の公認ファシリテーターに依頼し、授業の最後数分間で私たちがエコチル調査の概要と、参加しているお子さんへのお礼のメッセージを書いたチラシを配布して、エコチル調査について説明し、調査に協力していただいているお礼を伝えています。子どもたちと顔を合わせてコミュニケーションを深める機会として、本当にありがたいきっかけをいただいています。


学校で配布されているチラシ
―子どもたちに直接メッセージを伝えたことで、具体的な反応は見られましたか。
小田和様:そうですね、大体クラスの3分の1から半数の児童がエコチル調査に参加しており、参加していないお友達も含めて、皆さん真剣な顔をして聞いてくれるので、手応えはあります。終わった後に話しかけてくれる子や、「これからもエコチル調査続けるから!」と宣言してくれる子もいました。私たちも「エコチル調査」という言葉を少しでも覚えてもらえたらと思いながらお話ししていますので、「こちらの声が届いたんだな」と嬉しくなります。
子どもたちには、難しい話ではなく「皆さんがお母さんのお腹の中にいる時からずっと、調査を続けてきてくれたので、たくさんのデータが集まり、それを基にたくさんの研究が行われていて、社会の役に立っているんだよ」と伝えています。また、周りのお友達にも「世の中の役に立っている、大切な調査をやっている子が身近にいるんだよ」と伝えることで、参加しているお子さんの “ちょっとした特別感” につながれば、続けてもらうモチベーションになるのではないかと思っています。
山梨発の「学校連携モデル」を全国へ
―取り組みは拡大しているとお聞きしました。
小田和様:2024年度は5校で実施しましたが、2年目の2025年度は対象校をさらに増やし、11校のお子さんたちと交流させていただきました。2026年度も10校程度で開催することを目標に活動を進めています。
この事例は、環境省の企画評価委員会からも「体験型学習を通じ、参加者以外の子どもを含む啓発・教育活動を展開し、かつ学校との連携体制を構築していることは他ユニットセンターの参考にもなる」と、高い評価をいただきました。これらもすべて、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」のおかげだと思っています。
―これまでの取り組みを経て、今後どのような展開を期待されていますか。
小田和様:教育現場と連携する際のハードルを乗り越えるきっかけとして、この山梨発の取り組みが役立てば嬉しいです。
山梨県では、このカードゲームが林間学校の事前学習の1つとして上手く取り入れられています。座学ではなく体験型学習として児童が楽しみながら学べる上、運営は公認ファシリテーターがしてくださるので先生方の負担も少なく、さらに得られる教育効果も高いと学校から評価されています。
そこにエコチル調査も参加させていただいたのですが、この事例を全国のユニットセンターへ共有したところ、各地から多くの方が見学に来てくださいました。全国に15か所あるどのユニットセンターも「学校との連携」にハードルを感じているからだと思います。
私たちの取り組みに興味を持って下さり、この活動が全国に広がっていくことは、同時に私自身のやりがいにもつながっていると感じています。
―この活動を通して、小田和様は社会にどのような価値を提供していきたいとお考えですか。
小田和様:エコチル調査の研究によって科学的に裏付けられた情報を正しく伝え、社会に還元していくことが、今後私たちに求められている大きな課題です。そのため、どうしたら上手く伝わるのかを日々模索しています。
誰でも情報発信ができる世の中になり、ネット検索をすれば膨大な情報が出てきます。子育てをする中でも、「何を信じたらいいのか分からない」「情報が多すぎて困っている」というお母さんは多いと思います。このような中、国の施策として研究機関である大学がデータを収集し、科学的に裏付けられている情報を発信することは、非常に大切だと思っています。
エコチル調査で得られたデータを元に、全国のユニットセンター等で研究が活発に進められており、2026年5月現在で600本以上の論文が社会に公表されています。例えば、「妊娠中のお母さんから子どもに及ぼす負の影響は、生活改善により取り戻すことができる」と示せるのも、大規模で長期的なデータを活用した研究の強みであると言えます。
情報をどのように伝え、それを受け取った側にどう活かしてもらうのかは次のステップにはなりますが、まずは安心できる、根拠のあるデータを提供することが私たちの仕事だと感じています。そのために私たちは、丁寧にデータを収集し、整理し、積み上げていくという、基本的な役割を果たしていく必要があります。
どれも簡単なことではありませんが、それによってこれから生まれてくる子どもたちが健やかに育つ環境をつくることが1番の目的であり、目指すべきところです。
―この活動が全国のユニットセンターに広がり、カードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」が子どもたちの未来をつくるサポートができると嬉しいです。本日は貴重なお話をありがとうございました!
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それがカードゲーム「moritomirai(モリトミライ)」です。

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