電車の中で内定者の話を聞きながら

先日電車の中で、この春から新社会人になるだろう学生の話が聞こえてきた。内容から察するに同じ会社の内定者同士で、すでに入社前のカリキュラムがスタートしているようだ。

僕を含めプロジェクトデザイン社は、新入社員研修を外部講師に委託してまで山のように実施するわけではないが、それでも日本全国の新卒採用をしている会社のほとんどが、4月の第1週にはなんらかの研修をするわけで、この時期にご縁をいただくことは多い。

今日は電車の中の内定者の話を聞きながら思ったこと、それも極めて重要なことを書いてみたい。

 

新入社員研修の2つの目的と、盲点

通常、新入社員研修は大きく2つの目的で行われるように思う。一つはコミュニケーションやマナーなど、社会人として当然おさえておいてほしいビジネススキルを身に着けるという点であり、もう一つは社会人としての責任感や自律性を培う、いわば”ビジネスマインド”と呼ばれるものを醸成するという点だ。

 

スキルにしてもマインドにしても、それらが必要な理由を研修に参加する本人がしっかりと認識したうえでないと研修の効果は望めない。少なからず研修に携わるものであれば、そのあたりは当然ふまえた上で進めていくわけだが、その”ふまえ方”は研修を実施する講師の人材観が色濃く表れる。

 

一番よく行われていて、そして短期的に集中力を高めるためにスタンダードに行われているのは、危機感に訴えかけるやりかただ。社会人と学生ではいかに立場が違うかを説明し、もはやあなたたちは会社の看板を背負っているのだ、とかサービスの受け手から提供者側に回ってプロとしてお金をもらうのだ、といった具合に。

 

人間は危機や不安に対しては、スピーディーかつパワフルに対応するようにできており、その意味でこうしたアプローチはとても有効だ。特についこの前まで学生だった参加者は、社会に出るということは今までと違うOS、価値観で動くものだと思っているケースも多く、また講師自身の社会的ランク(経験や肩書)は新入社員より数段上なので、非常にうまくコントロールすることができる。

 

しかしここに大きな盲点があると、僕は思う。それは社会人として働くことは「人間性や楽しさを抑圧して、何らかの目的を達成することなのだ」と学習する傾向にあるということだ。別の言葉でいえば全人格的な存在ではなく、求められる役割(ビジネス専用人格とでも言おうか)として恥ずべきところのない思考や選択をするようになる。こうしたプロセスを経て社会人となった人は、その後の仕事人生においても危機感や恐れをベースにして仕事をするようになり、「本当はAだと思うのだけど”大人な社会人として”Bを選択する」という道を進んでいく。

昨今若手や中堅の人材育成において、「失敗を恐れずに自らチャレンジする人材」というキーワードをいただくことも多いのだが、その若手や中堅の課題感と新入社員研修の構造は無関係ではないように思う。

 

ビジネスゲーム「The商社」を新入社員研修で実施して感じること

僕がその”盲点”に思いを馳せるようになったのは、ある新入社員研修の場でのビジネスゲーム「The商社」を実際したことがきっかけだった。

 
ビジネスゲーム「The商社」の詳細は、本サイト内の別ページに譲る(クリックすると別ウィンドウで表示します)として、簡潔にひとことでいえば「現実のビジネスを忠実に模したゲームを熱中してプレイすることで、個々の気づきが自発的に生まれる」側面を持つゲームだ。

「現実のビジネスを忠実に模して」というところが肝で、ひとつだけの正解はない。説明されたルールの他にいくらでもクリエイティブにビジネスを構築することができるようになっている。まさに現実のビジネスと同じく一見打ち手なしと思える状況でも、交渉や考え方ひとつでいくらでもやりようはあるのである。

就業経験に乏しい新入社員にプレイしてもらうと、たとえば一つ例をあげるなら、チーム内にホウレンソウがないとどんな困ったことが起きるのか、逆に情報共有がうまく行くとどんなにいいことがあるのか、をある意味こちらが教えなくても自分達で体験を通じて認識していくことになる。

つまり、新入社員研修の比較的初期に実施すれば「体験を通じて勝手に研修に向かうモチベーションが上がる」効果があり、一方研修の最終段階で実施すれば「頭でわかったつもりだったことを、体験を通じてもう一段腹落ちさせる」という効果がある。
 

 

その企業では「危機感を煽って、子どもである学生を大人の社会人に変える」ことにかなり力をいれていた。その結果、ルールで説明された取引以外にいくらでもクリエイティブに自由に取引を作っていくことができる場面でも、もはややることがないとあきらめて思考と行動をやめてしまったのだ。

 

The商社自体は、高校生から経営者まで実に幅広い層で実施している。なので経験や頭のキレが結果に及ぼす影響をある程度予測することはできる。講師側のそうした経験値からすると、その企業の新入社員の絶対的なレベルが低かったというわけではない。一言でいえば勝手につくりあげた「社会人とは決められたルールの中で動くもの」という思考フレームの中で委縮しているように見えたのだ。

 

そして新入社員の”委縮度”が高いのは、(この企業ほどではないにせよ)実は多くの企業でみられる傾向でもある。別の言い方をすれば危機感を煽って目先の学習成果を取りに行くことで、委縮傾向が強く型にはまった”ビジネス専用人格”が生まれていっているようにも見える。

 

 

新入社員研修で一番大事だと、僕が思うこと

The商社を中堅以上の階層に実施した際に多い気づきとして「ビジネスは人間性が現れるものであり、同時にクリエイティブで楽しいものである」というものがある。それはゲームを通じてはじめて知ったという類の気づきではなく、「やっぱりそれが大事だよね」という今までの自分の経験を改めて言語化、追体験したことによる気づきだ。

 

実際継続的に結果を出すビジネスパーソンの多くは、人間として魅力的であったり、ストレートなコミュニケーションを大事にして信頼を築きながら、そして押さえるポイントは押さえるという人だったり、はたまた非常に穴は多いのだがその人の持ち味がはっきりしている個性的な人が多いのはみなさんも経験に照らして納得できるものだろう。

 

ここで本稿のタイトルに至るのだが、本来、新入社員研修でこれからの道を行く新人たちに感じてもらいたいのは「ビジネスは人間性の表現でもあり、本質的にやりがいがあり、楽しいものである。だから成長したいのだ」という感覚だと、僕自身は思っている。なぜならビジネスのやりがいと楽しさ、それなくしては継続的な成長意欲はわかないし、仕事を通じて自分自身の人生を満たすこともできないからだ。そして当然社会に仕事を通じて貢献することも難しくなっていく。

 

イメージ図:動機の違いが異なる変化を生む健全な現実認識によって、身に着けるべきスキルや態度を修練するというのは必要なことだ。ただ先に述べた観点から言えば、新入社員研修そのものの成功や、配属後の各部門からの評価といった短期的視点にフォーカスをするあまり、危機感を強調し、必要以上に委縮させることは長い目でみると決して得策ではない。また人材育成にかかわるものとして本当に望むことなのかは、注意深く考えてみる必要があるトピックだ。

 

例えば僕が担当させていただく次世代リーダーを対象にした研修でも、現実の自分と、コントロールされたビジネス人格ともいうべき自分とのギャップで、本来の力の一部しか発揮していない人に出会うことも多い。(と偉そうに書いているが、僕もそのギャップの中にあった人間の一人だ) その意味で次世代リーダーの育成は新入社員時からのマインド醸成からずっと続いているものだともいえる。

 

今年もご縁をいただいたいくつかの会社で、新入社員研修の講師として登壇させていただく予定だ。ビジネス上のマナーや合理性を踏まえるということと、人間性や創造性、楽しさを封印し、危機感と不安から仕事をするということは別物だということ、そしてビジネスのやりがいと楽しさを、ビジネスゲームを通じて伝えていけたらいいと思う。

 

 

ライター:東京支社 稲村健夫
販売、財務、人材開発など新規事業立ち上げに不可欠なエッセンスを、実務経験を通じて体得した実務家。特にさまざまな背景や動機をもつ人材を互いに活かして、ビジネスを遂行することに強みを発揮する。