超久しぶりに、会社のブログに書いてみる。
というか、会社のブログに投稿するのは初めてである。
 
ある意味、記念すべき一投目だ。
一投目だから長文だ。やる気が滲み出てる。
 
肝心なのは二投目だ。
二投目までやる気が続くことを祈る。
 
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さて、弊社はビジネスゲームの開発と提供を生業のひとつにしている。
個人的にゲームが好きなのもあるが、講義ケーススタディーディスカッション対話といったその他の研修方法では表現しにくい、
 
自分(と仲間の)意志・思考・行動で結果が変わる、ビジネスの模擬演習としてのゲームという手法にとてつもない可能性があると感じるからだ。

ビジネスゲームという概念を日本に持ち込んだ秋山真之。日露戦争の英雄。

ビジネスゲームという概念を日本に持ち込んだ秋山真之。日露戦争の英雄。

 
日本にビジネスゲームという概念を持ち込んだ人物として有名なのは、「坂の上の雲」などでも有名な日露戦争時の日本海軍の参謀、秋山真之。アメリカで学んだ模擬海戦の手法を、秀才揃いではあるが、経験に欠ける士官候補生たちに経験させることで、知識を現実に応用する力を磨かせた、と言われている。
 
もっとも、日露戦争のはるか前から「ゲーム」は様々な場で応用されて来たのだろう。将棋や囲碁は戦時の机上演習から発展したものだと聞いたことがある。また、チンギス・ハーン時代のモンゴル軍が圧倒的に強かったのが、騎馬戦力という当時のテクノロジーの優秀さもさることながら、「狩猟」という生活の糧を得るゲームの中で、獲物をいかにおいつめ、包囲し、仕留めるか、ということを学び続けていたために、戦術面で近年でも語り継がれる用兵が出来たのだろう。
 
 

さて、私はビジネスゲームの開発者であるために、プレイヤーとして参加することよりも、ファシリテーター、そして観察者として参加することのほうが多い。
 
少なくとも100回は、弊社の看板ビジネスゲームであるTHE商社を、企業の経営陣に、管理職に、新人に、学生に実施してきた。
 
その中で印象深いプレイを数度に渡って振り返っていきたい。
 
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某急成長中のコンサルティング会社でビジネスゲームを実施させて頂いた時のことだ。
国内外の有名な大学、企業での経験がある方ばかりで、私からみたら「ベストアンドブライテスト」な集団に見えたが、この会社のトップであり、自身も一流のコンサルタントである社長の動きが、過去100回以上行ったゲームの中でも、一番印象に残っている。
 

 
彼は、仕事で遅れて参加してきた。THE商社は全部で4ターン、ゲームを行い、それぞれが企業にとって、「創業期」「成長期」「成熟期」「衰退期」にあたるわけだが、彼は、仕事で遅れてきてしまったために、1ターン目はゲームに参加出来なかった。核となる人物がいなくなった1ターン目、彼のチームは、最下位となった。
 
2ターン目、彼は動く。ただし、チームのメンバーに指示を与えるのではなかった。彼は徹底的に他のチームを観察し、今の外部環境を観察した。観察し、分析することのみに時間の全てを使った。彼のチームはいろいろと忙しく動くが、業績は低迷し、最下位のままだった。
 
3ターン目、ついに彼はチームメンバーに指示を出す。それもたった二言。
 
 1)場にある資源を数えよ。
 2)総資源の分量と、場にある資源をもとに、資源の価値を測り、交渉に活用せよ。

 
彼のチームに行動の指針が出来た。もともと力のあるメンバーが方針を提示されたことで、力強く動き出す。また、資源量という情報をもとに他チームと交渉が行われるので、他チームとの間にも、感情ではなく、論理という共通のコミュニケーション手段が生まれ、結果として交渉も有利に進んだ。3ターン目、彼のチームは4位まで順位を上げた。
 
ついに最終ターン。彼のチームは3ターン目の方針をもとに、動き、結果として2位につけ、ゲームを終えた。1位になることが出来れば美しい話なのだろうが、現実はそんなに甘くない。優勝は、最初から一人の取締役が中心となり戦略を描き、最初からチーム一丸となって動いたチームのものだった。
 
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このプレイを見て、私は多くのことを学んだ。
 
ゲームの順位は大切な結果であるが、より重要なことは、ゲームを通じ何を学び、どのように現実社会に活かしていくか、ということだ。
 
私は、トップコンサルタントであり、社長でもある彼の動きから、
 
「ひとつ、ふたつの重要な戦略的指示を出すことで、チームを動かす」
 
というとても大切なことを学んだ。
 
社長がトップ営業マンという会社はいくらでもある。トップエンジニアという会社もあるだろう。
こと細かに指示を出し、確実に業務を遂行する社長もいるだろう。
 
しかし、それではダメなのである。
今の規模では大丈夫であっても、規模が大きくなるにつれ、限界がくる。
ひとつ、ふたつのとても重要な指示を出し、それをもとに豊かにチームを動かす。
 
そういった能力が大きな組織の経営者には求められる。
そんな大切なことを、ゲームから私は学んだ。
 
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さて、経営者として、マネジャーとして、私はどうだろう?
あなたはどうだろう?
 
今はプレイングマネジャーとして成功しているかもしれない。
しかし、それではダメなのである。
あなたが「プレイング」出来る限界があなたの会社の限界になる。
 
必要なのは、
 
・チームのメンバーを信じる気持ち
・チームのメンバーを育てる意識
・チームのメンバーの成長を待ち、任せる忍耐

 
そして
 
・戦略的重要なポイントを見抜く視点
 
だろうか。
 
ああ、ゲームもいいが、現実のビジネスは本当に面白い。
このブログの読者の方と、またどこかでビジネスできることを願う。
 
 
ライター:福井信英
富山県立富山中部高等学校卒業
慶應義塾大学商学部卒業

経営コンサルタントして3年、ベンチャー企業のマネジャーとして7年勤務した後、ふるさと富山で起業。
小説家になろうと思って、いくつか文章を書いたが思ったよりセンスが無く、それよりさらに根気がなく、その夢はあっさり諦めた。カネも彼女もなくなった自分を救ってくれたのは、マネジャー時代に趣味で作成していたビジネスゲーム。いつの間にか全国から研修や制作の依頼が来るように。モットーは「好きこそものの上手なれ」「人生は神ゲー